大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和62年(行ツ)9号 判決

京都市左京区吉田河原町一四番地

上告人

技研トレーデイング株式会社

右代表者代表取締役

坪田直機

右訴訟代理人弁護士

雨宮正彦

藤本博光

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 吉田文毅

右当事者間の東京高等裁判所昭和六〇年(行ケ)第七五号審決取消請求事件について、同裁判所が昭和六一年一一月一三日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人雨宮正彦の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判宮全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 貞家克己 裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 坂上壽夫)

(昭和六二年(行ツ)第九号 上告人 技研トレーディング株式会社)

上告代理人雨宮正彦の上告理由

第一点 原判決には、法令の解釈を誤る違法がある。

原判決は、特許法第三八条但し書の規定について、同規定は各発明ごとに特許出願をすることができる旨を定めるものではなく、二以上の発明について願書を同一にする一個の特許出願をすることができる旨定めたものと解するのが相当である旨判示し、この解釈を前提として特許法第三八条但し書の規定に基づく特許出願は、一つの発明について拒絶理由があるときには、その余の発明について拒絶理由があるか否かにかかわらず、同法第四九条の規定により拒絶すべきものとしているが、右判示は特許法第三八条但し書の解釈を誤るものというべきである。

一、成程、特許法第三八条但し書に基づくいわゆる併合出願にかかる二以上の発明のうち一の発明について拒絶理由があれば出願全部について拒絶査定をするのが特許庁の実務であり、又右の併合出願の場合には「その複数の発明が一体となった一個の出願と解すべきものであり、したがってこれに対する特許法上の処分は、特段の規定がない限り、一個のものでなければならないということを理由に特許庁の右実務を支持する判例(東京高等裁判所昭和五二年一二月二三日判決「特許と企業」一一〇号二三頁、同昭和五四年三月二二日判決「特許と企業」一二五号一五頁)もある.原判決がこのような特許庁の実務および判例の系譜に連なるものであることは明らかである.

二、しかしながら特許法第三八条但し書のいわゆる併合出願についてその複数の発明が一体となった一個の出願として把握すべきものとする解釈に明確かつ合理的な根拠があるとは必らずしもいうことはできない。

1、前記昭和五二年判決の理由中にも述べられているとおり、この併合出願の審査において、二以上の発明のうちの一発明について拒絶理由がある場合、どのように処理すべきかについては直接これに関する規定はない。

2、前記昭和五二年判決も「その複数の発明が一体となった一個の出願と解すべきもの」というだけで、そのように解すべき貝体的な根拠については触れていない。唯、「拒絶すべき発明を除いた残余の発明について併合出願が存続するものと解するならば、併合出願された二以上の発明相互間に同法第三八条但し書各号の関連性のない場合には、個々の発明については他の拒絶理由がなくても、同条違反として併合出願全部が拒絶されることと均衡を失するものがあろう」というが、拒絶すべき発明を除いた結果残余の発明相互間に特許法第三八条但し書所定の併合要件が欠如するに至る場合には、当該出願全部を併合要件の欠如を理由に拒絶すればよく、又逆に拒絶すべき発明を除いてもなお残余の発明相互間に併合要件の充足が認められる場合又は二個の発明について併合出願がなされ、そのうち一個の発明を拒絶すべきものとしたときは残余の発明についてそもそも併合要件の充足を問題とする余地がない場合には特許査定をすればよいのであるから、併合出願についてその複数の発明が一体となった一個の出願と解さなくとも、特許法第四九条三号の規定と何ら均衡を失するものではない.

むしろ特許法第一二三条一項柱書後段には「特許請求の範囲が二以上の発明に係るものについては、発明ごとに(特許無効審判を)請求することができる」と規定されており、又同法第一八五条には「特許請求の範囲」が二以上の発明に係るものについての特則」の見出しのもとに、発明ごとに特許がなされ、又特許権があるものとみなされる場合が列挙されていることを斟酌すれば、これらの規定が直接には特許権の法律上の取扱いを定めたものであるとしても、出願手続中の取扱いをこれと異なるものと解するにはやはり明確かつ合理的な根拠を要するというべきであり、このような根拠なくして単に右規定は特許後の法律上の取扱いを定めたにすぎないという理由だけで出願手続中の取扱いを別異に解することは首尾一貫せずかえって均衡を失するものというべきである。

3、又原判決は、前記のように解する根拠として、手続上の便宜を強調するものに他ならない。すなわち特許法第三八条本文は、特許出願は発明ごとにしなければならない旨規定して、これを特許出願の原則とし、また、同条ただし書は、二以上の発明であっても、特許請求の範囲に記載される一の発明(特定発明)に対し同条各号に掲げる関係を有する発明については特定発明と同一の願書で特許出願をすることができる旨規定し、右の原則に対する例外を設けているが、右のように特許出願は原則として発明ごとにすべきものとしているのは、そうすることが専ら審査事務及び登録事務等において便利であるという、手続上の便宜に基づぐものであり、したがって、右の例外は、同条ただし書に規定するような関係を有する発明についてば、右の原則によらない方がかえって手続上便宜であるとして、二以上の発明を一つの願書にまとめて特許出願(いわゆる併合出願)をすることを許容する趣旨に出たものと解されるところ、いま、併合出願を二以上の発明について願書を同一にする一個の特許出願と解するならば、手続上便宜であることが明らかであるのに対し、これを二以上の発明について願書を同一にする複数の特許出願と解するならば、その特許出願のうち、一つの特許出願については特許査定がされ、その余の特許出願については拒絶査定がされるというような事態が生じ、このような場合には複数の特許出願は、それ以後手続上別個のものとして取り扱わざるを得ないことになって、手続を複雑化し、便宜であるとはいえず、右の例外を設けた趣旨が没却されることになるというものである。

しかしながら特許法第三八条但し書に基づく併合出願のうち、一つの特許出願については特許査定がなされ、その余の特許出願については拒絶査定がなされるというような事態が生じ、複数の特許出願がそれ以後手続上別個のものとして取り扱わざるを得ないことになったとしても、そのことの故に、格別手続が複雑化するとは思われない。この場合、手続上の便宜というのは出願人のために手続上、便宜が図られているということであろう。いわゆる特定発明と所定の関係にある発明であっても、出願人は特許法第三八条但し書に基づき併合出願しなければならないものではなく、同条本文に基づき各別に特許出願をなし得るものでおり、いずれをとるかは専ら出願人の選択にかかっているものである。しかして出願人が同条本文による手続を選択した場合には、特許庁審査官は各特許出願について各別に審査し、或る特許出願については特許査定がなされ、その余の特許出願については拒絶査定がなされることもあり得るところである。してみると原判決の指摘する前記の事態が生じたとしても特許庁審査官にとっては、出願人が特許法第三八条本文による手続を選択した場合以上に、手続が複雑になるというものではない。又出願人にしても、かかる事態は最初から同条本文による手続を選択した場合と同じになるにすぎず、単に同条但し書による手続上の便宜を得られなかったというだけであるから、手続上著しく不利になるというものではなく、むしろ一個の特許出願の拒絶により全部の特許出願が拒絶されるという不利益を回避することができることを考慮すれば、かかる事態は甘受すべきであろう。しかも前記昭和五二年判決も示唆するように、出願人はこの場合、特許庁審査官から併合出願のうち、いずれかの特許出願について拒絶理由通知を受けたときは、これを分割することができ、以後は併合出願が分離され、それぞれ手続上別個のものとして取り扱われることになるものであり、特許庁の実務も前記判決もこのような事態の発生を許容しているのである。そうであるとすれば、特許庁の審査の結果、出願人が自ら分割出願をなした場合と実質的に同様な事態が発生したとしても、手続が格別複雑化されるとはいえず、特許法第三八条但し書を設けた趣旨が没却されることにはならないというべきである。

三、以上のとおり、従前の判例および原判決のとる解釈は、その解釈が、併合出願された他の発明については、拒絶理由がない場合にも、権利保護の機会が奪われるという重大な結果を招来するものであるにしては、その根拠は極めて薄弱であるといわざるを得ない。事実、右のように解するときは、本来独立で出願されたならば優に特許性を有する価値ある発明も、たまたま出願人がその便宜のために設けられた特許法第三八条但し書による手続を採用したが故に審査をされることさえなく、特許保護を否定されることになるものである(前記昭和五二年判決は分割出願の可能性をいうが、出願人としては特許庁審査官の拒絶理由通知および拒絶査定を不当と考える場合が多く、その結果、分割出願の機会を失することもないではない。この危険を専ら出願人に負担せしめるべきものとすることは妥当とは思われない)。右解釈が不当な結果をもたらすことは明らかである。

四、特許法第三八条本文は「特許出願は、発明ごとにしなければならない」と規定している。この規定の趣旨は必らずしも明確ではないが、特許法第三六条に「特許出願」の見出しの下に、特許を受けようとする者は所定事項を記載した願書を特許庁長官に提出すべきこと、および願書には所定事項を記載した明細書および必要な図面を添附すべきことが規定されていることを併せ斟酌すると、特許法第三八条本文は複数の発明についてはその数に等しい数の特許出願をなすべきこと、および各特許出願ごとに別個に願書を提出すべきことを規定したものと解せられる。すなわち右特許法第三八条本文は、旧々特許法(明治四三年法)施行規則第四三条の「特許ヲ受ケムトスル者ハ一発明毎二一通ノ願書ヲ作リ之ヲ特許局二差出スヘシ」という規定(ここでは願書の数だけが問題とされている)と異なり、より実体的に発明ごとに特許出願がなされるべきこと、換言すれば複数の発明についてはこれに対応する複数の特許出願が存在すべきことが先ず規定されているというべきである.これに対し特許法第三八条但し書は、二以上の発明であっても、特許請求の範囲に記載される一の発明(いわゆる特定発明)に対し所定の関係を有する発明については、特許発明と同一の願書で特許出願をすることができると規定している。すなわちここでは専ら形式的・手続的に願書の数だけが問題とされているものである・してみると、右但し書は本文に包含される二個の命題のうち、各特許出願ごとに別個の願書を提出すべきことという形式的・手続的命題のみを、発明相互間に所定の関係があることを条件に、緩和したにすぎず、複数の発明についてはこれに対応する複数の特許出願が存在すべきことという実体的命題まで否定したものではないというべきであろう。すなわち右但し書は各発明間に所定の関係があることを前提に、複数の特許出願を同一の願書でなし得ることを規定したにとどまり、したがって前記昭和五二年判決の用語を借用するならば、この場合には、まさに発明の個数に応じた複数の特許出願が客観的に併合されているものと解するのが相当である。

五、しかしてこのように解しても特許法の他の条文と均衡を失するものでもなく、矛盾抵触するものでもないことは前記のとおりである。又このように解するときは、前記の特許法第一二三条一項柱書後段の規定および同法第一八五条の規定とも首尾一貫することはいうまでもない.併合出願であっても発明ごとに特許出願が存在するからこそ発明ごとに特許がなされ、又特許権があるものとみなされるのである.

現に特許庁は特許出願の審査請求の手数料として三三、〇〇〇円+(発明の数×五、三〇〇円)という方式で算定される金額を、又特許に関する審判請求(特許無効審判、拒絶査定不服審判のいずれをも含む)の手数料として一四、五〇〇円÷(発明の数×一四、五〇〇円)という方式で算定される金額をそれぞれ徴収しているが、このことは併合出願に含まれる各発明ごとに出願審査がなさるべきこと、および特許無効審判に関する特許法第一三三条一項柱書後段の規定と同様に、拒絶査定不服審判においても特許請求の範囲に含まれる各発明がそれぞれ審判の対象となることを意味しているというべきであろう。発明の数に応じた手数料を徴収しながら、いずれかひとつの発明について出願審査又は審判の対象とすれば足るというのであれば、右のような手数料の算定方式は明らかに不当といわざるを得ないものである。

以上によって明らかなとおり、特許法第三八条但し書の規定に関する原判決の解釈は誤りである。しかるに原判決は右解釈に基づき、第二番目の発明について何ら拒絶理由を示すことなく、本願発明全部を拒絶すべきものとした審決の措置を是認しているものであって、右法令の解釈が原判決の結論に影響を及ぼしていることはいうまでもない。

よって原判決は破棄さるべきである。

第二点 原判決には経験則に違背し、引用例開示の技術思想の認定を誤る違法がある。

原判決は第一引用例(実公昭四二-四二六二号実用新案公報)記載の技術について、第一引用例記載の技術は、検出物体の大小あるいは表面の状態による不動作の原因をなくし、確実に検出することを目的として、交差部を上下二個所に形成する構成を採用し、これにより、大人等大形態の検出物体は上方の交差部で、子供及び手押し車等小形態の検出物体は下方の交差部でそれぞれ検出するようにしたものであって、第一引用例には、大人等大形態の検出物体を上方の交差部で検出するという技術事項がそれ自体一つの独立した技術的思想として開示されているものということができる旨認定しているが、右認定は技術思想の認定に関する経験則に違背するもので、明らかに誤りというべきである.

一、第一引用例記載の技術は、専ら物体の通過を感知することを目的とするものであって、一個の受光器と二個の発光器とを設け、この受光光芒の上下二個所に発光光芒との交錯個所を二個所形成するというものであり、このように上下二個所に両光芒の交錯個所を形成することにより「小形態の検出物体は下方低位置の交錯個所で検出され、大形態の検出物体が下方低位置の交錯個所を形成する発光光芒を上方で遮断し下方低位置の交錯個所による検出が不可能となる場合でも、上方高位置の交錯個所で検出することができる」(同公報一頁右欄一六行乃至二一行)、「夫々交錯個所を通過する検出物体の表面形態の状況が変ることが予測されるので微弱な反射光による不動作の確率は極小となり、手押車、寝台、人物等の高低、形態の変移に拘らず検出可能となり叙上の目的を達成できる」(同公報一頁右欄二三行乃至二七行)という効果を奏するというものである.

二、以上によって明らかなとおり、第一引用例記載の技術は、計数を目的とすることなく専ら物体の通過を感知することを目的として、一個の受光器と二個の発光器を組合せ、光芒の交錯個所を上下二個所に形成することにより、通過物体の高低、大小のいかんを問わず無差別にこれを検出しようとするものである.したがって第一引用例においては、いずれか一つの物体検出可能域を形成することは全く予定しておらず、むしろ逆に第一引用例記載の技術はそもそも物体検出可能域を一個所にするという技術思想を否定するところに成立っているものである。成程、第一引用例には、大形態の検出物体は上方同位置の交錯個所で検出する旨の記載はあるが、右技術事項は同時に小形態の検出物体は下方低位置の交錯個所で検出するという技術事項と一体をなしているものであって、右両技術事項を分断し、そのいずれかを選択するという技術思想は第一引用例には全く認められないものである.

してみると第一引用例には、大人等大形態の検出物体を上方の交差部で検出するという技術事項がそれ自体一つの独立した技術的思想として開示されているとする原判決の認定は誤りといわざるを得ない。右認定は、技術思想認定の軽験則に違背して、技術事項と技術思想とを混同し、本来有機的に一体的に結合されて全体として一個の技術思想を形成している前記の両技術事項を分断して技術思想を認定する誤りを犯しているというべきである。

しかして原判決は、右認定に基づいて当業者であれば第一引用例の記載から本願発明の交差部の構成に容易に想到し得るものと認定しているものであるから、右認定の誤りが原判決の結論に影響を及ぼしていることは明らかである.

よってこの点からしても原判決は破棄さるべきである。 以上

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